事例
- Aは自宅とその敷地を所有しています。
- Aは自宅で一人暮らしをしています。
- Aには子Bと子Cがいますが、BCはどちらもAと離れて暮らしているため、今後Aの自宅に住む予定はありません。
- Aはしばらくは自宅に住みますが、今後介護施設等に入居することになれば自宅とその敷地を売却して、売却代金を生活費に充てたいと考えています。
- Aは自宅とその敷地の売却をBかCに任せたいと考えています。
問題の所在
不動産の売却は仲介会社との仲介契約からはじまり、不動産の名義変更でおわりますが、この手続きは時間と手間がかかります。そこで、今後判断能力の低下が懸念される方は不動産の売却手続きを信頼できる方に託した方が安心です。
生前贈与
Aの自宅とその敷地(以下、「本件不動産」といいます。)の売却手続きを子に託す方法としては本件不動産を生前贈与する方法があります。
すなわち、ABで本件不動産の贈与契約をし、本件不動産の名義をAからBへ移す方法です。しかし、このような生前贈与すると本件不動産の権利は完全にBに移転しますので、生前贈与後にBが死亡すると、相続によりBの配偶者やその子が本件不動産の権利を取得することになり、Aの子Cは蚊帳の外に置かれます。また、Bには贈与税と不動産取得税などが課されます。
後見制度
本件不動産の売却手続きを、子に託す方法としてはAが認知症などにより判断能力を欠く状態になってから、Aの成年後見人を選任する方法があります。
すなわち、Aが判断能力を欠く状態になった後、家庭裁判所でAの成年後見開始の審判の申立てをします。Aに成年後見が開始すると、Aの成年後見人が本件不動産を売却することができます。しかし、成年後見人の職務は簡単なものではありません。そのため、子が成年後見人に就任すれば子は過大な負担を負います。また、弁護士や司法書士などの第三者が成年後見人に就任すれば、Aの財産からその者への報酬を支払わなければなりません。
家族信託
そこで、AB間で次の内容の信託契約を締結します。
- Aは本件不動産につきBと信託契約をする。
- 委託者及び受益者をAとする。
- 当初受託者をBとする。
- 信託法56条1項各号の事由により当初受託者の任務が終了したときは、Cを受託者とする。
- 受託者は本件不動産を売却できる。
- 受託者が本件不動産を売却した場合は本件信託契約は終了する。
- 残余財産は受益者に帰属する。
売却
Bは単独で本件不動産を売却できます。そして、売却代金はAに帰属します。また、本件不動産の売却により信託契約は終了します。
委託者・受益者の相続
Aが死亡した場合、Aの委託者及び受益者の地位はAの相続人BCへ移転します。しかし、信託契約は終了しません。そして、本件不動産を売却した場合、売却代金は相続人BCに帰属します。また、本件不動産の売却により信託契約は終了します。
受託者の相続
Bが死亡した場合、Cが受託者になります。そして、Cが本件不動産を売却後、売却代金はAに帰属します。また、本件不動産の売却により信託契約は終了します。
受託者・再受託者の相続
Bが死亡し、その後に受託者に就任したCも死亡した場合、委託者兼受益者Aは新たな受託者を選任できます(信託法62条1項)。また、Aが受託者を選任しない状態が一年間続くと信託契約は終了し(信託法163条3号)、不動産の権利はAに復帰します。
信託法
(信託の終了事由)
第百六十三条 信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
一 信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき。
二 受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が一年間継続したとき。
三 受託者が欠けた場合であって、新受託者が就任しない状態が一年間継続したとき。
四 受託者が第五十二条(第五十三条第二項及び第五十四条第四項において準用する場合を含む。)の規定により信託を終了させたとき。
五 信託の併合がされたとき。
六 第百六十五条又は第百六十六条の規定により信託の終了を命ずる裁判があったとき。
七 信託財産についての破産手続開始の決定があったとき。
八 委託者が破産手続開始の決定、再生手続開始の決定又は更生手続開始の決定を受けた場合において、破産法第五十三条第一項、民事再生法第四十九条第一項又は会社更生法第六十一条第一項(金融機関等の更生手続の特例等に関する法律第四十一条第一項及び第二百六条第一項において準用する場合を含む。)の規定による信託契約の解除がされたとき。
九 信託行為において定めた事由が生じたとき。
注意点
家族信託はその名のとおり、家族に信じて託すことです。そのため、家族信託は委託者と受託者の高度な信頼関係の上に成立します。
また、本件信託契約はAB間の合意のみで成立しますが、Cの同意も得ておくべきです。