預金と貯金
始めに預金と貯金について説明します。預金と貯金はいずれも金融機関に預けている金銭をいいますが、預金と貯金は預け先である金融機関によってその呼び方が区別されています。もっとも、相続手続きでは預金と貯金を区別する必要はありません。ここでは預金と貯金を併せて「預貯金」と呼びます。
また、相続が発生した場合、被相続人の預貯金口座の相続手続きが必要ですが、この手続きは具体的には被相続人の預貯金口座を解約し、その解約に伴って発生した金銭を、被相続人の預貯金口座を取得した相続人に支払う手続きをいいます。ここではこの手続きを便宜上「預貯金の相続手続き」と呼びます。
預貯金の相続手続きの流れ
手順1
預貯金の相続手続きに必要な戸籍を取得します。
手順2
被相続人の預貯金口座の通帳を集めます。通帳が見当たらない場合は被相続人の預貯金口座があると思われる金融機関に対し残高証明書の発行を依頼します。
手順3
遺産分割協議書を作成し、相続人全員が署名し、実印を押印します。
手順4
金融機関所定の申込用紙に記入し、添付書類と一緒に提出します。
以上が預貯金の相続手続きの流れです。
預貯金の相続手続きの必要書類
被相続人の戸籍
預貯金の相続手続きにはまず、被相続人の戸籍が必要です。そして、預貯金の相続手続きに必要な被相続人の戸籍の範囲は出生から死亡までの戸籍謄本です。出生から死亡までの戸籍謄本が必要な理由は、被相続人の相続人全員を確定する必要があるからです。また、戸籍制度の仕組みを理解していなくても、市区町村の窓口で、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本が必要である旨を伝えれば窓口の人は理解・対応してくれます。
相続人の戸籍
次に、相続人の戸籍が必要です。預貯金の相続手続きに必要な相続人の戸籍の範囲は現在の戸籍抄本です。相続人の場合、被相続人との相続関係が分かれば足りますので、必要な戸籍は現在の抄本だけです。無論、現在の戸籍謄本でも構いません。また、被相続人と同一戸籍に在籍する相続人の戸籍と、被相続人の戸籍は重複することがあります。この場合の重複分は1通で構いません。
戸籍の附票
被相続人と相続人の戸籍を取得する際には、併せてこれらの者の戸籍の附票を取得します。戸籍の附票とは戸籍に付随して作成され、住所の変遷がわかるものです。そして、被相続人の戸籍の附票は、金融機関に登録してある被相続人の住所と、被相続人の戸籍の附票上の住所が一致するかを確認するために取得します。これに対し、相続人の戸籍の附票は相続人の現住所を確認するために取得します。
遺産分割協議書
また、遺産分割協議書と印鑑証明書も必要です。これについては後で説明します。
法定相続情報一覧図
ところで、戸籍及び戸籍の附票の代わりに法定相続情報一覧図を提出すると金融機関での手間や待ち時間が大幅に減ります。そのため、金融機関の窓口では法定相続情報一覧図のパンフレットを見かけることが多いです。
しかし、法定相続情報一覧図の作成には手間と時間が必要です。よって、預貯金の相続手続きのためだけに法定相続情報一覧図を作成することは、かえって預貯金の相続手続きを煩雑にすることがあります。
どのような場合に法定相続情報一覧図を作成すべきかはケースバイケースですが、一般に相続登記をする予定であれば預貯金の相続手続きの前に法定相続情報一覧図を作成することをお勧めします。というのも、法定相続情報一覧図は相続登記の申請先の法務局で作成でき、かつ法定相続情報一覧図の添付書類は相続登記の添付書類と重複するからです。
そこで、相続登記が必要な場合には預貯金の相続手続きの前に、相続登記及び法定相続情報一覧図を作成すると、遺産相続手続き全体がスムーズにいきます。
以上が預貯金の相続手続きの必要書類です。
残高証明書の発行
預貯金の相続手続きを始めるにあたって、被相続人の預貯金口座の通帳が見つかれば、手続きの窓口である金融機関が判明しますが、それが見つからない場合、被相続人の預貯金口座があると思われる金融機関に対し、残高証明書の発行を依頼することができます。
残高証明書の発行における必要書類は、さきほど説明した預貯金の相続手続きの場合より少なくて済みます。すなわち、残高証明書の発行の場合は被相続人の戸籍の範囲が狭く、遺産分割協議書及び印鑑証明書の添付が不要です。これは残高証明書の発行は、金銭が金融機関から引き出されるものではなく、被相続人の預貯金額を把握する作業に過ぎないからです。残高証明書の発行の場合の必要書類は次のとおりです。
残高証明書発行依頼書
金融機関にその所定の様式である残高証明書発行依頼書がありますので、これに記入します。なお、これに記入するのは残高証明書の発行を依頼する相続人のみで構いません。
被相続人の戸籍
被相続人の預貯金口座の残高証明書を発行するには預貯金の相続手続きと同様に被相続人の戸籍が必要ですが、その戸籍の範囲は被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本で足ります。すなわち、預貯金の相続手続きと異なり、相続人全員を確定する必要はありませんので、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本は要求されません。※
※第1順位の相続人(例:被相続人の子)や配偶者が手続きする場合
相続人の戸籍
金融機関に残高証明書の発行を依頼する相続人の現在の戸籍抄本も必要です。戸籍謄本でも構いません。この場合、被相続人と、残高証明書の発行を依頼する相続人との相続関係が分かれば足りますので、残高証明書の発行を依頼をしない相続人の戸籍抄本は不要です。そして、預貯金の相続手続きと同様に、被相続人と同一戸籍に在籍する相続人の重複する戸籍は1通で構いません。
戸籍の附票
被相続人と、残高証明書の発行を依頼する相続人の戸籍の附票が必要です。
印鑑証明書
残高証明書の発行を依頼する相続人の印鑑証明書も必要です。
以上が残高証明書の発行の必要書類です。
遺産分割協議書
前述のとおり、預貯金の相続手続きでは遺産分割協議書が必要です。遺産分割協議書とは遺産分割の内容を証明する書類です。そして、遺産分割とは遺産を相続人の一人が取得したり、法定相続分と異なる割合で相続人が取得したりすることです。なお、遺産分割協議書の作成が不要な場合の例は次のとおりです。
- 相続人が1人である。
- 被相続人の遺言のとおりに手続きをする。
- 相続放棄の証明書を添付して手続きをする。
このような場合は遺産分割協議書の作成が不要となることがあります。
ところで、預貯金債権は可分債権ですが、その性質上、遺産分割の対象と解されています。よって、各相続人は被相続人の預貯金について各々の法定相続分に相当する金銭を単独で引き出すことはできません。
例えば、被相続人の預貯金額が1,200万円で、相続人が子2人の場合、子1人の法定相続分は2分の1です。よって、子は各々600万円を取得する権利があります。しかし、相続人である子1人は他の相続人に無断で被相続人の預貯金から600万円を引き出すことはできません。
印鑑証明書
遺産分割協議書を作成した場合、遺産分割協議書には原則実印を押印し、印鑑証明書を添付します。
なぜなら、遺産分割協議書は相続人全員が署名押印するところ、相続人本人が署名押印したことを金融機関に証明する必要があるからです。
また、外国に居住する相続人は印鑑証明書を取得できないことがあります。この場合には署名証明を添付して相続人本人の署名であることを証明します。
遺産分割協議書の書き方
預貯金の遺産分割協議書においては次のものを記載して遺産分割の対象となる預貯金を特定します。
- 金融機関名
- 支店名
- 口座番号
また、預貯金残高を記入しても構いませんが、預貯金残高は自動引き落としや利息等で変動することがあります。そこで、金融機関に余計な疑義を生じさせないようにするため預貯金残高の記入は避けたほうがよいです。
少額財産
なお、実務では預貯金残高が少額の場合は遺産分割協議書を添付しなくても預貯金の相続手続きに応じる金融機関もあります。但し、このような場合に該当しても後々のトラブル防止のために遺産分割協議書を作成しておいた方が望ましいです。
遺産分割前の払戻し
預貯金の相続手続きでは遺産分割協議書と印鑑証明書を原則添付しますので、遺産分割における相続人全員の同意が必須です。しかし、相続発生後、相続人が遺産分割を経なければ被相続人の預貯金に一切手を付けられないとすると、被相続人と同一生計であった相続人の生活費を確保できない等の事態が生じ得ります。そこで、相続人には遺産分割を経ることなく一定の限度で被相続人の預貯金を引き出す権利が認められています。これを「遺産分割前の払戻し」といいます。
遺産分割前の払戻しができる金額は、次の額のいずれか低い方を限度とする額です。
- 預貯金額の3分の1に、預貯金を引き出そうとする相続人の法定相続分を乗じた額
- 法務省令で定める額
そして、この法務省令で定める額は現時点で150万円です。
例えば、被相続人の預貯金額が1,200万円で、相続人が子2人の場合、子1人の法定相続分は2分の1です。よって、引き出せる上限は次のいずれか低い方です。
- 1,200万円×3分の1×2分の1=200万円
- 150万円
このように引き出せる上限額は150万円となります。
例をかえて、被相続人の預貯金額が240万円で、相続人が子2人の場合、子1人の法定相続分は同じく2分の1です。よって、引き出せる上限は次のいずれか低い方です。
- 240万円×3分の1×2分の1=40万円
- 150万円
このように引き出せる上限額は40万円となります。
なお、「遺産分割前の払戻し」を行った後に遺産分割をする場合、「遺産分割前の払戻し」によって預貯金を引き出した相続人は、その引き出した額を遺産分割によって取得したとみなされます。
【参考条文】
民法
(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令
民法(明治二十九年法律第八十九号)第九百九条の二の規定に基づき、同条に規定する法務省令で定める額を定める省令を次のように定める。
民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。